息子は英語が苦手でした。その息子の英語の攻略法です。
馬渕の授業で使ってるテキスト使います。
まずは単純な小さなことからはじめました。
単元ごと、例えばbe動詞、助動詞、関係代名詞、など
単元説明文のみをよく読む。よーく読む。できるだけ短期間に一気に。
文法の基礎をまずよく理解することに注力!!
これが息子が端的に偏差値を一番あげれた方法でした。

アラカンママの生き方
息子は英語が苦手でした。その息子の英語の攻略法です。
馬渕の授業で使ってるテキスト使います。
まずは単純な小さなことからはじめました。
単元ごと、例えばbe動詞、助動詞、関係代名詞、など
単元説明文のみをよく読む。よーく読む。できるだけ短期間に一気に。
文法の基礎をまずよく理解することに注力!!
これが息子が端的に偏差値を一番あげれた方法でした。
公開テストはとにかく基本的な問題を中心に確実に点数をとれることをまず主眼にすすめました。
宿題で解答をみても分からない問題は質問にいく。
先生も快くうけてくださる。 それで疑問ポイントをどんどん潰していきました。
教科による頻度でいえば数学、理科、英語、国語、社会の順でした。
総合で偏差値55で日曜日の特別SS講座へのお誘いを受けました。無料だったと思います。
娘は中学2年の冬の馬渕入塾キャンペーンで入会。入塾時はSSクラスでした。
公開テストを受けながら上のクラスにあがっていきました。
娘をみていて公開テストで上がっていくには難しい問題ではなく基礎問題を確実に得点する。
これに尽きます。
特に数学だと第一問の計算問題前半から中盤。これは絶対に間違えてはいけない。
そこで確実にとれればOK
馬渕は数学をとても重視しているので公開テストの数学の点数がよければお声がかかります。
どの問題を答えて得点してるかは関係がないです。
点数のみです。
解けそうもない難問で悩むより第一問の計算問題見直してください!
平凡な子が馬渕SSSTに入るには?
先日、小学生のこどものいる従妹達、叔母叔父に色々きかれたので、さらに詳しく書いてみることにします。
「地頭が特別に良いわけではない」と感じるお子さんでも、計算スピードという圧倒的な武器を持てば、最上位クラス(SSST)の門は開かれます。
SSSTは他のクラスに比べて授業内容、頻度について優遇されていたと感じます。塾も合格実績を残す必要があるためでしょう。高偏差値高校への受験へのバックアップは頼れます!!
小学校の授業や宿題だけでは、圧倒的に「計算の反復」が足りません。馬渕SSSTのようなハイレベルな環境では、「考えて解く」前に「勝手に手が動く」レベルの計算力が必須です。
数学と同時進行で英語です。簡単な文法・単語の反復により、無理に覚えようとせずとも力が身についてきます。
小学校・中学校から私立に通わせるには莫大な学費がかかります。しかし、実態はどうでしょうか?
| 比較項目 | 私立一貫校ルート | 公立+戦略的通塾ルート |
| 教育費 | 非常に高い(1,000万円単位) | 比較的安い(塾代に集中投資) |
| 環境 | 設備や意識は高い | 競争環境は塾(馬渕SSST等)で確保可能 |
| 結果 | 個人差が大きい | 戦略次第で京大・阪大が可能 |
私立に通っていても、戦略がなければ偏差値の低い国公立に止まることも珍しくありません。逆に、**「最小限の費用(公立)+ 質の高い投資(公文・馬渕)」**を組み合わせれば、最高の結果(国立大学合格)を出すことができます。
大阪きっての公立文理学科の進学高校、北野高校。
その男子比率の高さご存じでしょうか??
40人クラス中、男子25人、女子15人です。5:3 女子少なすぎ。。
おかげで女子トイレ掃除の当番はおそろしく早く順番が巡ってくるのです。
長女が入学してクラスで自己紹介する時、〇〇中学出身、馬渕教室〇〇校出身です。
クラス名簿みても馬渕教室の公開テストの上位にいた子たちが
並ぶという驚くべき馬渕率。
ほとんどが馬渕教室のSSTかSSSの生徒です。
北野高校行きたかったら馬渕教室になるのでしょう。
息子もオール公立で阪大、基礎工学部へなんとか滑り込みました。
息子は姉とは違ってどうしても馬渕SSSTへはいけませんでした。
姉がSTTTへ入った経緯をみていたので、なぜ入れないのかは理解できました。
あとちょっと、ほんのちょっとなんですが、その努力を惜しむのです。
僕はこの辺でいいやぁ。みたいな。もうこれは個性なのでどうしようもないです。
息子は小学生のころからゲームが好きだったので当時、習っていたサッカーを辞めて
近くのプログラミングスクールに通い始めました。小学4年生頃でした。
最初はスクラッチーズという子供向けのプログラミングごっこ?から始まりました。
スクラッチーズはネコのゲームをプログラミングしていく子供向けのものです。
そこの先生はプログラミングにかけてなんでもできる素晴らしい先生だったので
息子の人生を変えた人でした。そこから自作パソコンを作りたいという思いが強くなり
小学生にして自作パソコン作りを試行錯誤しながら、当時の先生に教えてもらいながら
ほぼ一人で完成させることができました。(小学生の息子でしたので買い物には付き合いましたが)そこから本格的な高校受験の勉強が始まるまではパソコンスクールに通いC言語を学びました。その経験から普通科に通わずに高等専門学校、高専を受験することにしたのです。
高専は5年生の理系の学校です。この高専の魅力は高校一年生の時から大学の理系の勉強ができるということです。また、私が一番に魅力を感じたのは進学時の大学編入というシステムです。しかも国立大学への編入が可能なのです。受験勉強をせずに普段の勉強で(高専の成績)で国立大学へ入れるというのはとてもありがたいものです。
今時の国立大学受験に予備校はどうしても必要です。その費用と労力を必要としないのです。
しかし、息子は自分のレベルの偏差値の文理学科の高校よりも偏差値の低い、でも日本で一番偏差値の高い国立明石高専への受験に失敗するのです。高専は数学と理科の得点が他の教科より1.5倍換算されます。そこの数学でひとつの問題に固執するあまり、時間不足となり結果、涙をのんだのでした。
私も絶対受かる、と過信していたので慌てました。
息子のレベル感だと当時、茨木高校でしたが、安全をとり大手前高校へ無理無理変更しました。通っていた中学からはたった一人の入学となりました。
入学当初、クラスの担任となった先生が息子にはあわず、泣いて帰ってくるような状況で心配になりました。
しかし、今となっては周りに流されやすい息子はこの高校へ行ったことが阪大受験を成功させた理由となったと私は考えています。
何がなんでも偏差値の高い高校へ進学するよりもその子にあった高校選びがとても大事だと思います。
長女は中学2年生の冬休みのキャンペーンで馬渕教室に入ったので本当に大変でした。
入塾テストは下から二番目のSSクラスから。
冬休みに入ってすぐに公開テストがあったのかな?そのテストで基礎だけきちんととった数学が
塾の先生のお眼鏡にかかって、冬期の土曜日だけSSSのクラスにこないかとお手紙をもらったのが
最初です。基礎はできていたけれども塾独特の応用問題は全然触れてなかったので塾の宿題をこなすために
たびたび、質問に通いました。その送り迎えもやりました。教室に常駐されない先生もいらっしゃったので
電話でアポとったり、本当に必死でした。娘は早くから塾に通っている人たちに追いつくべきがんばっていました。
そこから少しづつ成績が追いついてきて通常クラスがSSSに上がったあとすぐまたSSSTへのお誘いのお手紙でした。
本人への意欲の確認もあるのか必ず、お誘い的なお手紙だったように思います。
授業の前に小テストがあり、つど点数をみんなの前に言わなければなりません。良い点だと鼻が高いけど、悪い点だと言いにくい。。そんな風でした。だけどそこのクラスはみなさん、勉強慣れしているというか生活の中に勉強が染みついているというようで、例えば単語テストをやるからと課題を与えられても本当によくできる子たちの集まりでした。
娘は負けず嫌いの優等生タイプだったのでなんとか食いついていき、最後は席順も後ろから数えて何番目までなりました。
また中学三年生になるとSSSTとSSSだけ別校舎の特訓会みたいなのもあり本当に忙しい毎日でした。
そこの地域のSSSTの数学の先生は素晴らしかった。とてもよい授業をしてくださいました。もちろん、公舎に常駐はしておらず、あちこちの校舎のSSSTを教えていました。
SSSTのクラスにはみんな北野高校(地域の有名な文理学科の公立高校)へ行くべし!!という空気感が流れていました。娘には、塾長からSSSTの先生と〇〇さんは北野行けるのではという話があったことを事前にきいていて北野を進められました。生徒の進路指導にあたって(仕事以外の飲みの席で)事前に話していたんですよ、というのはちょっとフランクな感じが加わってか事前に関心があって褒めているという印象を受け、そうなのかもな、と思うキッカケになっているかもしれません。
馬渕教室には多少地域によって異なりますが、上から順にSSST(スリーエストップ)、SSS(スリーエス) 、SS(エスエス)、S(エス)H(エイチ)があります。
当時、馬渕教室には2カ月に1回塾で行われる公開テストがあります。その偏差値順にクラスと席順が決められます。
問題は、難しいものもありますが基本的にはきちんと基礎を理解して取れる問題をしっかりとれればそこそこの点数はとれるものなのです。SSSかSSはそれで可能かと思います。
私の個人的な考えですが、小学生のうちから闇雲に入塾させても子供の個性、向き不向きで誰もが成績があがるとは思えません。
うちの子どもたちは公文式で特に数学の計算力を鍛えたことが大きな成果を得たので、塾に行く前に公文式で中学分野のレベルまで完了させてから入塾するべきだと思います。男の子で漢字や英単語が苦手なら国語や英語も追加するのもいいと思います。
ただ、幼稚園児や小学生1,2年生くらいまでの早いうちに公文にいくとそこまでのレベルを終了させるのが(子供自身のレベル感もあるかもですが)大変になるので早くても小学生3,4年生からじっくり始めるのがオススメかなと思います。
それまでは勉強以外の習い事や遊び、家では本を読んだり、するだけで十分だと思います。特に従順で勉強が向いているお子様以外は
興味もないのに早期の勉強を推し進めるのは子供に苦痛や苦手意識を植え付けてしまうだけになるように思います・・
実際そういったこどもさんを何人かみてきました。
長女は、基礎学力はあったので入塾後、メキメキと成績が上がった娘は塾から地域で有名な進学高校を
勧められました。迷った末にその高校を受験しみごと合格しました。
しかし、、入学後1年間は楽しい高校生活だったと思いますがクラスが変わって2年生になった時から娘の高校生活が
心配でいっぱいな日々になりました。
負けず嫌いで頑張り屋さんの娘は勉強はしっかりしていましたが、運動部には所属せず、控えめな文化部に入っていたので
クラブの友人、という存在が圧倒的に少なかったのです・・クラス替えのクラスが運動部の子たちが集まったクラスでした。
しかもある特定のクラブが多いという。。
娘は小さい頃から人見知りであったので娘にも問題はあったと思いますが、、私としては自分たちだけがよければ他ほどうでもいいと
いう他人に無関心な子供たちも多かったのかなと感じています。
結局、知り合いのいない娘ともう一人の女子Bちゃんが浮いていました。そのこと仲良くすればいいのでは?と思ったのですが結局娘は誰とも打ち解けることが出来ないままの2年生でした。その間、ストレスのせいか、突発性難聴を繰り返していたし、卒業旅行も欠席しました。
娘だけが打ち解けられないのが娘のほうに多くの比重があるのかもと思っていたことが一転した出来事がありました。
こども同士はさほど打ち解けてなかったけれど、もう一人、クラスで浮いているというか打ち解けられていない女子Bちゃんが修学旅行に行っていたようなんですが、後から聞いた話、Bちゃんは途中で具合が悪くなり、行方不明になったのです。
結局Bちゃんは見つかったのですが、誰もBちゃんを気にかけなかったの??と怒りを覚えました。
自分たちさえよければ他はどうでもいい、娘にも原因はあるだろうけど、クラスもクラスなんだなと思いました。
超がつく進学校ってみんなすごい優秀なんだけれども、ちょっと闇を抱えてる?というか人間的にどうなん?その発言みたいな子も多かったようです。もちろん、とても優秀で性格もっていう人もいるのだけれども。得てしてこれまでトップ独走の子たちが集まった世界は
痛みが分からない子(自分が出来ることをなぜできない?と理解、寛容さがない、、)今まで優秀層にいたプライドを捨てられず苦しむ子、
色んなこがいる高校でしたが卒業アルバムに担任の先生がお手紙を挟んでいたのが印象的でした。
あなたたちは将来リーダーとなっていく、才能も有り、努力もできる。だけどみんな自分と同じような環境、能力でない、だから、自分と同じことが出来ない人たちを卑下してはいけない、それはリーダーではない、等々
担任の先生も感じていたのだと思います。思いやりに欠ける闇があることを。
不登校寸前の娘には毎日、学校なんてどうにでもなるから嫌だったら行かなくてもいいし、この学校だけがあなたの世界じゃないよ
人生でこうでなければならないことなんて、ひとつもない、何度も何度もいいました。
今は通信制の高校もあるし、高校にこだわる必要なんてなんにもないと思います・・
周囲からはすごいねと言われる高校は娘には色んな考え方方向性がそぐわなかったため辛い高校生活になってしまいました。
しかし娘は負けず嫌い、その悔しい思いを勉強にぶつけていたのだと思います。卒業するときは上位で卒業しました。
そして現役で京大合格を勝ち取りました。
もう、娘はあの高校へいかないくていいと思うとほっとした卒業でした。