パート人生を変えた国家資格

あらぬパワハラを受けながらも耐えて

宅建士資格を取得すべく資格スクールに通いながら転職活動をしました。

専業主婦からの転職よりは状況はよかったです;

不動産を勉強したいということで宅建士を勉強しながら働きたい。

家から自転車で通える不動産会社にパートとして勤務させていただけることになりました。

不動産も何も知らない私が一から大変ではありましたが

ここでは不動産のイロハを学ばせてもらった貴重な体験となりました。

物件の掃除からレインズ登録、物件撮影、広告作成、契約書作成まで幅広く経験できました。

勉強が久しぶりでしたが強力なサポートとなる資格スクール、あらぬパワハラに対する怒り、

すべてを勉強にむけ、みごと一年で宅建士、ついでに賃貸不動産経営管理士に合格することができました。

私のパート人生がここで大きく変わりました。

事務のパートの仕事2

次は共済の仕事でした。

責任の軽い、入り口は誰でもできるハードルの低い短時間事務。

こういうところはだいたい人間関係がおかしい。

同僚なのにパワハラする。長くいるだけのキャリアなのに偉そう。

上司もしってるのか知らないのか放置。

時々、社員も病んで辞める。

お局パートに気に入られたら居心地はいいかもだけど、常に、ターゲットを模索。

なんか溜まってるものがあるのか変な環境。何年いても固定最低賃金だからか。

結局、私はこの会社にいる間に引越して通勤環境が変わったことでターゲットになり、色々嫌になり退職を心に誓って、資格学校に通うことにしました。

通勤時間でも勉強し、有給休暇を使っていつ辞めるか模索しつつ転職活動に励みました。

事務のパートの仕事1

その後、そんなに多くを求められない事務パートの仕事を探しました。

金融系の事務パートが時間的にも働きやすかったので2社ほど働きました。

ひとつは大手の入力の仕事。件数ノルマがありつつ絶対に間違えられない神経のはる仕事でした。時給はほぼ最低賃金でした。

一件、間違うと朝礼で発表され、上司に怒られるそんな仕事でした。

ちなみにその上司は精神的に病んで現在求職中とのことです。

神経を張って仕事する分人間関係はさほどいじめたりとかはなかったですが仕事的に自分にはあっていないと思い、すぐ辞めました。

古巣に復活するも。。

書類が通過するようになってきたので事務の仕事に移りたく、過去正社員で働いていた会社の

パート事務に復帰することを考えました。

派遣登録的なことをして、最初の部署はあえなく落ちましたが、次の部署では内定をもらい働き始めました。

浦島太郎でした。

過去、正社員で働いてときとはビルも建て替わり、社内システムも全て変わり、、長らく子育てに追われ家庭の主婦をしていた私はきつかったです。

追いついていくのに必死でした。

そこで私はもともと社員で働いていたのでターゲットにはなりませんでしたがそこでも女性のパート同士の心無い言い方をする人やいじめ的なものが横行していました。

上司もめんどくさいのか放置していましたがあんまり酷いので何度か注意されていましたが結局全てが改善されるようにはならなかったようでした。

その人のせいで辞めていく人が何人かいました。

私はもと社員だったおかげでその憂き目にあうこともなくバーベキュー大会に参加したりもしてはいましたが結局1年足らずで辞めました。

その理由は仕事が16時までのはずがずるずる17時まわるようになり、余裕がなくスキルも追いついてなくてついていけなくなり、また息子が病気で休むと上司に電話したときにこどものことより「仕事は??」と言われてもう無理と退職を決意しました。

今のワーママと呼ばれる方本当に頭がさがります。

私が現役のころよりはワーママに対するサポートや体制が整ってきているとはいえ

目の回るような忙しさだと思います。

私の経験からは仕事も大事だけど、自分の心と体を一番大事にしてくださいね。

健康な体と精神があれば何度だってやり直せるとおもいます。

主婦パートの難しさ

そこそこ、主婦にもできる仕事というのは色んな意味で難しさがあります。

一度でもブランクを突破して働き始めると少しづつ他の仕事も面接までいけるようになります!最初の突破が大事です。

結局、セブンイレブンは1年ちょっとで辞めました。

もう少し時間を増やしたかったのと叔母さん同士のいざこざがめんどくさくなったのです。

最初入りのところでは誰でもできる仕事のところはよくわからないマウントとる同僚のパートがほんといるのです。

主婦パート

こどもが小学生にあがったころから主婦パートを始めました。

今まで専業主婦で特にスキルや学歴がなかった私は本当に苦労しました( ノД`)シクシク…

最初は事務の仕事がいいかなと軽い気持ちで就職活動を始めましたが、書類で落とされる日々が続きました。。こどもがまだ小学生だったので時間的にも短く、近くで働きたかったのでその条件も追加され、厳しい就職活動でした。何度も心が折れそうになりました。

でも粘り強く続けていると光がみえてきてだんだん書類も通過するようになりました。

結局、子供の頃のそろばんの資格で近くでオープンしたセブンイレブンで平日の午前中だけで働くことになりました。なかなか受からなかったのでうれしかったです。

馬渕SSST入るには

平凡な子が馬渕SSSTに入るには?

先日、小学生のこどものいる従妹達、叔母叔父に色々きかれたので、さらに詳しく書いてみることにします。

普通の子が馬渕SSSTに入るための「黄金ルート」

「地頭が特別に良いわけではない」と感じるお子さんでも、計算スピードという圧倒的な武器を持てば、最上位クラス(SSST)の門は開かれます。

SSSTは他のクラスに比べて授業内容、頻度について優遇されていたと感じます。塾も合格実績を残す必要があるためでしょう。高偏差値高校への受験へのバックアップは頼れます!!

1. 「数学(計算力)」こそが全ての基盤

小学校の授業や宿題だけでは、圧倒的に「計算の反復」が足りません。馬渕SSSTのようなハイレベルな環境では、「考えて解く」前に「勝手に手が動く」レベルの計算力が必須です。

  • 公文式の活用: 計算力のトレーニングには公文が最適です。
  • 目標ライン: 入塾前に数学は**「I(アイ)教材(中学数学修了レベル)」**まで終わらせること。
  • 基準: 因数分解が九九と同じスピードでスラスラ解ける状態。これができて初めて、馬渕の難しい応用問題に立ち向かう「土俵」に立てます。

2. 「英語」は公文の方式で自然に身につける

数学と同時進行で英語です。簡単な文法・単語の反復により、無理に覚えようとせずとも力が身についてきます。

  • 公文式の活用: 単語力・文法力を身に着けるには公文が最適です。
  • 目標ライン: 入塾前に英語は**「IⅡ教材(中学修了レベル)」以上まで終わらせること。
  • 基準: 中学レベルの文法、単語を用いて英作文を作れること。

3. 公立ルート+塾が「最高コスパ」である理由

小学校・中学校から私立に通わせるには莫大な学費がかかります。しかし、実態はどうでしょうか?

比較項目私立一貫校ルート公立+戦略的通塾ルート
教育費非常に高い(1,000万円単位)比較的安い(塾代に集中投資)
環境設備や意識は高い競争環境は塾(馬渕SSST等)で確保可能
結果個人差が大きい戦略次第で京大・阪大が可能

私立に通っていても、戦略がなければ偏差値の低い国公立に止まることも珍しくありません。逆に、**「最小限の費用(公立)+ 質の高い投資(公文・馬渕)」**を組み合わせれば、最高の結果(国立大学合格)を出すことができます。

北野高校の男女比

大阪きっての公立文理学科の進学高校、北野高校。

その男子比率の高さご存じでしょうか??

40人クラス中、男子25人、女子15人です。5:3 女子少なすぎ。。

おかげで女子トイレ掃除の当番はおそろしく早く順番が巡ってくるのです。

北野高校はほぼ馬渕教室の生徒

長女が入学してクラスで自己紹介する時、〇〇中学出身、馬渕教室〇〇校出身です。

クラス名簿みても馬渕教室の公開テストの上位にいた子たちが

並ぶという驚くべき馬渕率。

ほとんどが馬渕教室のSSTかSSSの生徒です。

北野高校行きたかったら馬渕教室になるのでしょう。

馬渕SSS

息子もオール公立で阪大、基礎工学部へなんとか滑り込みました。

息子は姉とは違ってどうしても馬渕SSSTへはいけませんでした。

姉がSTTTへ入った経緯をみていたので、なぜ入れないのかは理解できました。

あとちょっと、ほんのちょっとなんですが、その努力を惜しむのです。

僕はこの辺でいいやぁ。みたいな。もうこれは個性なのでどうしようもないです。

息子は小学生のころからゲームが好きだったので当時、習っていたサッカーを辞めて

近くのプログラミングスクールに通い始めました。小学4年生頃でした。

最初はスクラッチーズという子供向けのプログラミングごっこ?から始まりました。

スクラッチーズはネコのゲームをプログラミングしていく子供向けのものです。

そこの先生はプログラミングにかけてなんでもできる素晴らしい先生だったので

息子の人生を変えた人でした。そこから自作パソコンを作りたいという思いが強くなり

小学生にして自作パソコン作りを試行錯誤しながら、当時の先生に教えてもらいながら

ほぼ一人で完成させることができました。(小学生の息子でしたので買い物には付き合いましたが)そこから本格的な高校受験の勉強が始まるまではパソコンスクールに通いC言語を学びました。その経験から普通科に通わずに高等専門学校、高専を受験することにしたのです。

高専は5年生の理系の学校です。この高専の魅力は高校一年生の時から大学の理系の勉強ができるということです。また、私が一番に魅力を感じたのは進学時の大学編入というシステムです。しかも国立大学への編入が可能なのです。受験勉強をせずに普段の勉強で(高専の成績)で国立大学へ入れるというのはとてもありがたいものです。

今時の国立大学受験に予備校はどうしても必要です。その費用と労力を必要としないのです。

しかし、息子は自分のレベルの偏差値の文理学科の高校よりも偏差値の低い、でも日本で一番偏差値の高い国立明石高専への受験に失敗するのです。高専は数学と理科の得点が他の教科より1.5倍換算されます。そこの数学でひとつの問題に固執するあまり、時間不足となり結果、涙をのんだのでした。

私も絶対受かる、と過信していたので慌てました。

息子のレベル感だと当時、茨木高校でしたが、安全をとり大手前高校へ無理無理変更しました。通っていた中学からはたった一人の入学となりました。

入学当初、クラスの担任となった先生が息子にはあわず、泣いて帰ってくるような状況で心配になりました。

しかし、今となっては周りに流されやすい息子はこの高校へ行ったことが阪大受験を成功させた理由となったと私は考えています。

何がなんでも偏差値の高い高校へ進学するよりもその子にあった高校選びがとても大事だと思います。